教育・研究

経済学部教員コラム vol.24

2014.01.06 共通科目教室 井上 圧

「新年明けましておめでとうございます?」

「新年明けましておめでとうございます。」

 

この挨拶は、日本語として正しくないと言われています。何故でしょうか。

 

一つの考えを述べます。(他の説明もあると思いますが。)
「明ける」は、「あきらかになる」「朝になる」「あらたまる」「満期になる」などを意味します。「夜が明ける」「喪が明ける」「梅雨が明ける」「年季が明ける」「任期が明ける」のように使われます。いずれも「一定の期間が過ぎ新たな時になる」という意味に通じます。「新年明けまして」は、「新年が明けまして」と解釈されるので、新年の次の年になってしまうというわけです。ではこの正しくないと言われる挨拶は、どこから来るのでしょうか。一つには「新年明けまして」を「新年が開(あ)きまして」即ち「新年が始まりまして」のように解釈するようになったのではないでしょうか。また「新年」と「明けまして」の両方を使うことで丁寧感が増す、という意識があるのではないかと推測します。

 

言葉は変化するものです。最近「本来とは異なる意味で使用される言葉」についてのニュースを見ました。文化庁の「平成24年度「国語に関する世論調査」の結果の概要」(2013/9/24 文化庁発表) と小学館の国語辞典「大辞泉」編集部調査の「間違った意味で使われる言葉ランキング」(2013/10/15 発表「小学館『大辞泉』調べ」) のことです。かなり多くの人が本来とは違う意味で使っている言葉が挙げられています。「役不足」「流れに棹さす」「気が置けない」「ハッカー」「確信犯」「(曲の)触り」「失笑」「姑息」等々、です。例えば「流れに棹さす」の本来の意味は「傾向に逆らって,ある事柄の勢いを失わせるような行為をする」ことではなく、「傾向に乗って、ある事柄の勢いを増すような行為をする」こと。「確信犯」は「悪いことであるとわかっていながらする犯罪」ではなく「信念に基づいて「正しいことだ」と思い込んでする犯罪」、「姑息」は「卑怯であるさま」ではなく「一時しのぎであるさま」で、「失笑」は「笑いも出ないくらいにあきれる」ことではなく「思わず笑う」ことだそうです。

 

或る言葉を本来とは異なる意味で使用してはいけないのでしょうか。そうは思いません。本来の使い方としては「正しくない」と言えますが、現在の日本語として広く通じているのならば、受け入れてよいのではないでしょうか。言葉・表現の意味・用法が時とともに変化することは、古今東西色々な言語で起きています。話し手はその変化を含め言葉を使用してきています。重大な誤解や混乱の原因にならない限り、「正しいか否か」についてとやかく言うことでもないと考えます。

 

とは言うものの、「新年明けましておめでとうございます」という挨拶を聞くと、気になってしまいます。

 

良い年になりますように。

 

(共通科目教室 井上 圧)

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