経済学部教員コラム vol.62
八百屋さんは「あいさつ屋」?
以前勤めていた大学で、教員を対象にした研修会が開催され、落語家の林家たい平さんの講演を聴き、大変共感したことがあります。こんな話です。
たい平さんの家の近くに八百屋さんがあって、その八百屋さんは朝夕、店の前を通る人誰にも必ず「おはようございます。いってらっしゃい」、「お帰りなさい。お疲れさま」と声をかけてくれるのだそうです。声をかけられると、朝は少しだけですが気分がよくなり、気持ちよく仕事場に向かえる、夕方は疲れていても、家に帰ってきたというほっとした気持ちで満ち足りた気分になれる、とたい平さんは話していました。
しかし、たい平さんは別にその店で野菜を買っているわけでなく、いつもは駅前の八百屋で買うことが多いということです。申し訳ないと思いつつ、たい平さんはその八百屋さんに訊いたことがあるといっていました。「いつも声をかけてくれてありがとう。でもおたくで買ってもいないにもどうしてそんなに愛想よくあいさつしてくれるの?」と訊いたところ、八百屋さんは「うちは八百屋ではなく、あいさつ屋なんです」と答えたそうです。あいさつをしてみんなに少しでもいい気持ちになってもらうのが本業で、野菜を売るのは副業みたいなものです、と。
私にも同じような経験があり、たい平さんの話は印象深く記憶に残っています。私の場合も地元の駅前の小さな商店街を抜けて少し歩いたところにある八百屋さんで、体格のいい陽気なご主人が毎朝夕、前を通るたびに笑顔で元気な声をかけてくれていました。
ある時、朝のあいさつの声が妙に元気がなく、心にひっかかりました。その翌朝だったか、店にはシャッターが下りたままでした。どうしたのだろうと思っていましたが、まもなく、シャッターに次のような貼り紙が出されました。
〇〇青果店を愛して下さった皆様、永い間 本当に 本当に ありがとうございました。いつも店頭で皆さまに笑顔を向けていた店主〇〇は去る二八日永眠いたしました。もう皆さまにお声を掛けることはできませんが、いつでも皆様のことを見守っていることと思います。お取引いただいていた皆様にも大変ご迷惑をおかけして、申し訳ございません。どうかお許しください。永年のご愛顧ありがとうございました。
遺族一同
後で地元の知人に聞くと心筋梗塞で手当てが遅れたのが原因だったということでした。だとすると、あの朝は相当に苦しかったはずです。そんな中でもあいさつだけは忘れなかった八百屋さんのことを今でも思い出します。
たい平さんの近所の八百屋さんの「あいさつ屋」ということばはビジネスとか商いとかを考える上で、とても重要なことを言っていると思います。『経験経済』の著者パイン&ギルモアは、ビジネスで重要なのは、気持ちのいい経験を提供すること、それができればマーケティングはいらないとまで言っています。
モノを売ること以前に、もっと大事なことがあるというのは、八百屋さんだけではないと思いますが、伝統的な商いやビジネスの中にはいまも残っているのかもしれません。それはマーケティングという概念や方法が登場する以前から存在していた暗黙的な知恵であり、そうした知恵を掘り起していくことが求められているように思います。