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経済学部教員コラム vol.3

経済学部教員コラム vol.3

黒川 洋行

「市場と政府の関係はどうあるべきか:社会的市場経済の視点から」

ドイツ連邦共和国の経済政策運営は、戦後60年以上にわたり「社会的市場経済」(Soziale Marktwirtschaft)という経済理念の下で行われています。
社会的市場経済とは、市場経済という競争秩序を基礎として、個人の自由という価値と社会的公正・安全という価値の2つを同時に実現しようとする経済秩序理論のことで、アルフレート・ミュラー=アルマックによって1947年に初めて提唱されました。この経済理念は、ネオリベラリズム(新自由主義)の一派であるヴァルター・オイケンらによるオルド自由主義(Ordoliberalismus)にその源泉が求められます。

では、日本ではあまり聴き慣れない「オルド自由主義」とは、いったいどのような経済思想なのでしょうか?オルド(Ordo)とは、ラテン語で秩序のことを意味します。オルド自由主義においては、市場は自然的な秩序たりえず、もし自由放任主義に委ねてしまうと、自由であったはずの市場が、やがて独占的・寡占的な市場形態の出現とともに、私的な「経済権力」によって支配されてしまうとの主張がなされます。すると、競争的基盤そのものが失われ、ひいては「人間にふさわしい秩序」の実現が危ぶまれることになるから、国家(政府)が、あるべき競争秩序の実現にむけて、法的な枠組み作りを含めた経済政策(ドイツでは、これを「秩序政策」と呼びます)を行うかたちで市場に介入することが是認されるのです。

日本では、新自由主義といえば、小さな政府と規制緩和を旨とするシカゴ学派のフリードマンらによるアメリカ型の新自由主義として語られることがよくありますが、オルド自由主義では、政府の積極的な役割を認めている点で、両者は大きく異なっているのです。このことは、あまり日本ではクローズアップされないのですが、私は、ゼミナールに来る学生たちと、市場と国家との関わり合いについて検討する際に、このことについてよく議論しています。つまり、政府が市場に介入するという場合、それがいつもケインズ主義的な介入だけをさすとは限らないのだと。

経済学の入門書では、市場メカニズムの効率性について、情報を共有する多数の売り手と買い手から形成される完全競争市場のモデルを最初に勉強しますが、オイケンが、その主著『経済政策原理』のなかで指摘しているとおり、いわゆる「完全競争市場」なるものは、歴史上いまだかつて存在したことがないし、現に存在もしていないのです。したがって、われわれが市場経済システムを是として選択するにしても、実際の各産業、生産要素ごとの市場形態を正確に類型化し、それぞれの市場特有の経済現実態に応じた枠組み・規制といった秩序づくりのための政策が必要となります。オルドリベラルな思想においては、あくまで、その政策のめざす目的は、特定の利益団体や企業といった「経済権力」が市場をわがもののように実質的に支配しないようにすることです。

さらに、社会的市場経済の理念では、市場経済に基づく競争秩序を重視しますが、さりとて、競争秩序が完全であるとも言っていません。市場を通じた所得形成が、われわれの社会的な価値基準と常に合致しているとは限らないし、競争秩序がときとして共同体社会の結束力を弱めるという側面もあるからです。だから、競争秩序には、社会政策を通じた補完が必要となるのです。ドイツの基本法には、「社会国家」たるべきことが規定されていますが、社会的市場経済の理念は、まさに、この社会国家の理念と整合性をもっており、さまざまな社会保障政策が行われる根拠となっているのです。

この研究は今後も続けていくつもりですが、このテーマでの研究成果は、2012年3月に下記のタイトルで書籍として発行しています。

著書タイトル:『社会的市場経済の理論と政策−オルド自由主義の系譜』
(黒川洋行著、関東学院大学出版会、300頁)ISBN978-4-901734-47-9
http://univ.kanto-gakuin.ac.jp/basic/research/publishing/2012/814.html

(経済学科 黒川 洋行)